6/02/2007

Self and Others

写真家牛腸茂雄の「SELF AND OTHERS」という作品に魅かれる。

最初に見たのが四谷三丁目のMole、最近では国立近代美術館、三鷹美術ギャラリーで同じ作品の展示を何度も見てきたが、この作品ではタイトルの「SELF AND OTHER」が示すように、「写真を撮る」ということが「自己」と「他者」の関係を写し出すことだということを教えてくれた。カメラを構えて街や人を撮ることで言えば、撮影者である自分が「自己」であり、被写体となる街や人は「他者」であり、撮影は「他者」への「自己」の視点を表現することであり、展示はその「自己」の視点の表現を「他者」から注目されることである。また、セルフポートレートに至っては「自己」が「自己」への視点を表現することと言えるだろう。

こんなことを考えていると、結局のところ社会というものは、ディジタルが0と1のバイナリで表現されるように、「自己(Self)」と「他者(Others)」の2つの要素で表現できるのではないかと思う。そして言ってみれば"Self"と"Others"の2つの要素の間で相互作用を与えるものが"Communication"である。

インターネットのWebを使って日々行っている検索は、「自己」が知りたい情報を「他者」の既に知っている情報の中に見つけようとすることである。もしいつ何を検索したかという情報が公開されたら、自分は何に興味をもっている人間なのか、どれだけインターネットに依存しているか、つまり「自己」をデータで持って示してくれることになるだろう。またBlogは「自己」の日常の感心ごとを「他者」に示すことができる。振り返って読んでみると、「自己」というものに気づくことも多い。

このような形で、「自己(Self)」と「他者(Others)」の間での相互作用が世界中でものすごい数行われていて、その中で広告収入でお金を設けたり、新たなテクノロジが次々と開発されたり、ものすごいスピードで進んでいる。これがネット社会の現状だと思う。

これから先に何が生まれるんだろうか。

1 件のコメント:

Sakura さんのコメント...

blogが、「自己」を「他者」へ示すもの、というのは同感。blogが、自分のことを知ってもらいたい、関心を持ってもらいたいと思っている人が、どれだけいるかを示したけど、これはおもしろいと思った。

「他者」に関心を持ってもらいたい、「他者」に認めてもらいたい、「他者」に尊敬されたい、「他者」に感謝されたい、「他者」に頼られたい。そういった「他者」からの反応を期待するのは人間の本能なのだと思う。

それらがモチベーションとなって技術も進歩してきたのかもしれない。最近の日本人のモチベーションの低下は、これらが満たされないからじゃないだろうか?